夜の横浜

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高校生のとき交換留学で冬に横浜に行ってから、もう10年も経ったのかと驚きました。当時、ツアーガイドの人から日本では最も美しいとされる夜景が3か所あり、そのうちの1つは夜の横浜みなとみらいです。あぁぁぁ、見たい!当時は東京に直帰しなければならず横浜の夜景を見ている余裕がなかったため、午後までしか横浜にとどまることができませんでした。いつの日か、夜景を見にここに戻ると誓いました。とうとう、私は夜横浜に帰ってきました!私が再びそこに帰るのに10年かかりましたが(笑)。人間はあれこれ計画しますが、決めるのはいつも神様です。実は当時は2年以内にまた横浜に戻ってこれると思っていました。私は日本が大好きなので、日本で学士号をとるつもりだったからです。でもバンドン工科大学に合格したので取りやめになりました。 思いがけず、友人が熱海から東京に帰る途中で、横浜に立ち寄ってからにしようと誘ってくれました。横浜では有名な観覧車に乗りました!びっくり!ツアーガイドのハミさんが10年前に言った通りで、横浜の夜景は本当に美しかった。 ^^ みなとみらい コスモワールド観覧車inみなとみらい横浜 イオンモールとジェットコースター インターコンチネンタルヨコハマグランド 横浜湾 横浜のオフィスとショッピングセンター ランドマークタワー横浜 観覧車に乗った後、ジェットコースターに乗りたかったのですが、乗ろうとするとしり込みして、ジェットコースターなんて面白くないよとしつこく言う人がいて、結局乗れませんでした(笑)。 そのあと、みなとみらいまで船旅を楽しむ予定でした。しかし、不幸なことにあと少しのところで船のその日の運航が終わってしまい乗れませんでした。 最後に山下公園に行くことにしました。途中、足が痛くなってきました。ブーツを履いていると、歩く距離が延びるにつれて足に水ぶくれができてきました。私はゆっくりゆっくり歩くことしかできません。ええと、インドネシア人の友達の中では、私は一番速く歩くと有名です。 1日40km歩いた記録も持つタフな旅人です。でも、疲れることを知らない日本人の友達と歩くのは本当に疲れます。彼は本当に人間なのか、どうして彼はまったく疲れないのかと思っていました。^^ ’彼は私の靴が問題とみて、靴を交換しないかと行ってきました。ねえ、私の足は小さすぎるわ、サイズ36だもん(笑)。まあ、とにかく我慢するしかありませんでした。 横浜マリンタワー やっと懐かしの山下公園に着きました! 10年前、食べ物を求める鳥に囲まれながら同じ場所にたたずんでいました。ベンチに座って、山下公園の景色を楽しみました。本当に寒かったので、温かいコーヒーが飲みたくなってきました。もう秋で夜はとても肌寒く感じます。私の足が痛むのを気遣って、友達は走ってコーヒーを探し回ってくれました。しかし、すでに多くのカフェが閉まっているので、見つけることができませんでした。気にしないで! 10年ぶりに山下公園に戻ってこれただけでもすごく嬉しかったです。 ^^ 山下公園 横浜赤レンガ倉庫 帰国の1週間前、友達と一緒にまた横浜にやってきました。友人は横浜にラーメン博物館があり、ハラールメニューもあると教えてくれました。どうやらハラールメニューはビーガンメニューのことだったようです。鶏肉のトッピングのラーメンを食べたかった。(これ切実笑)大丈夫です、戦後すぐの東京を模したラーメン博物館でラーメンを食べられたなら、結果オーライでした。 1958年に東京に設置されたラーメン店 ハラール/ビーガンラーメン 食べ終わった後、みなとみらい・横浜の夜景が見えるカフェを見つけて、そこで政治、歴史、そして未来について話し合いました。^^ みなとみらい横浜 横浜駅へ 横浜、次来れるのはいつだろう。10年後とは言わずに、もっと近いうちに来れるといいな。 次 : 立面からの東京 前 : あしかがフラワーパーク

あしかがフラワーパーク

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インドネシアに戻る数日前に、日本人の友人が私に空いてる時間がないかと聞いてきました。私が本当に花好きだと知っていた彼は、栃木県は足利にある有名な花畑に連れて行こうとしていてくれたのです。秋の花を見てみたかったので、もちろん行くと即答しました。新宿駅で待ち合わせを。日本人の友人より早くついたので、近くの喫茶店で彼を待っていました。彼は朝食を食べていなかったようなので、そこでケーキとサンドイッチを買いました。コーヒーと食べ物が紙袋に入っているはずでした。電車を待っている間、彼がサンドイッチを食べようとすると、紙袋にサンドイッチがなく、私のケーキだけしかありませんでした。お金払ったのに、店員がサンドイッチを入れるのを忘れていたのです。 :(もうすぐ発射の時間が迫り、喫茶店に戻ったら電車に遅れてしまいそうだったので、もう二度とカフェに行かないことにしました。日本人は普段からとてもミスをしないように気を付けているイメージだったので、びっくりしました。 途中で新幹線に乗り換えることになっています。乗り換え駅に到着後、新幹線のりばを探しました。しかし、いつまでたっても見つかりません。ええと、私の友人と私はどちらも方向音痴なので迷子になりました。^^ ’ようやくホームが見つかったその瞬間、新幹線は動き出しました!時刻表を見たとき、私たちはまた1時間待たなければなりませんでした。 :(まだ時間があったので、おなかが減っていたので私たちは次の新幹線で食べる用に弁当を買うことにしました。 ようやく新幹線に乗ることができました。座って楽にした後、お腹がすいた私たちはお弁当を食べることにしました。お弁当を開けると、なんとお箸が入っていません!お弁当の中にもビニール袋中にも、橋の姿がありませんでした。ああ、私はお腹がとても空いていたのに!私の友人は私を何とか落ち着かせました。「次の乗り継ぎ駅や足利駅でお箸をコンビニで買えばいいさ。」 やっと次の駅につきました。しかし、箸は見つかりません。足利駅に着いてもコンビニはありませんでした。足利フラワーパークまで歩けばあるかもしれない。土産物屋を通って園内に入ろうとします。友達に「土産物店員に橋があるか聞いてきてくるから、待っといて」と言われました。残念ながら、箸はここにもないようです。ないよりはましということで、藤柄のスプーンとフォークを合わせて合計400円前後で買いました。 お弁当をもう一度開いて蓋の裏側を覗くと・・・私たちは思わず顔を見合わせました!お箸は最初からあったのか!!!!箸が蓋の後ろについていたのに気づかなかっただけです。 うう、泣きたいいい!!旅の途中で私はとてもお腹がすいていたので、スプーンとフォークを買うためにお金を使いました。それから、私たち二人は箸がお弁当の後ろにあることに気づきました!箸はお弁当とは別に、または直接お弁当の中に入れてあるものと思っていたので、おかしなことに気づくことが出来ませんでした。人はおなかがすくと、つい感情的になります。 ^ ‘ 土産物店で入園チケットを購入した後、公園に入りました。どうやら…花はもう咲いていないようです。 ^^ ‘確かに、秋は花の季節ではありませんでした。実は秋の目玉はイルミネーションだったからです。歩き回ったところ、残りの花はバラ、メキシコのブッシュセージ、そして名も分からない既に枯れた花しか残っていませんでした。秋から冬への季節の移り変わりの時期で、花が枯れてしまったからでしょう。公園はとても静かで公園には人っ子一人しませんでした。若者である私たちと、時々おじいちゃんおばあちゃんが来ていました。 確かに、あしかがフラワーパークは藤の花で春(4月中旬から5月中旬)は美しく染まることで有名ですが、秋から冬への移り変わりの時期には・・・。 春の間、このトンネルは藤の花で満たされます なんていうのか分からなかったけど、可愛いです^^ 夜はイルミネーションがあります 美しいバラ 美しいバラ 園内を歩き回ったあと、11月にはそこまで多くの花が咲いていないことに気づきました。花が囲むように植えられているカフェで休憩をとることにしました。そこには二人のおばあちゃんしかいませんでした。 私たちはホットチョコレートとチーズケーキを頼みました。どこか、カフェの雰囲気はまるでイギリス貴族の朝食のようでした。そこで私たちはイギリス人の英語を真似して遊びました。(笑)楽しすぎ(笑) Photo 6. Warm chocolate in a beautiful wisteria cup <3 Photo 7. Annisa version of warm chocolate and … Continued

河口湖と富士山

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紅葉は見ても見ても飽きませんでした。秋は春と同じくらい好きな季節で、紅葉狩りをしていつも写真を撮りたいと思っていました。 ^^私は紅葉好きだと知っていた日本人の友人から、河口湖や富士山にはもう行ったことがあるか聞かれました。富士山麓は11月末に紅葉には絶好の時期を迎えます。河口湖に行ったことのない私はちょうど行きたかったのでした。日本で休暇を過ごしたインドネシア人の友人は河口湖に行っていたのを思い出しました。時間を決めて、河口湖と富士山に行くことにしました。 新宿駅のバスターミナルからバスで河口湖まで行ってきました。友人によれば、河口湖へはバスで行くのが電車で行くより経済的です。 ついに河口湖バス停に到着し、そこから河口湖まで歩いて向かいました。幸いなことに青空の下で、色鮮やかな紅葉がとても美しく見えました。道中に見かけた紅葉と神社の鳥居の赤が、青い空を背景にとても美しく映えていました。 鳥居ともみじ 数分歩いてやっと河口湖に到着しました!赤や黄色、オレンジ、緑など、さまざまな色の木々が湖を取り囲むように生えているのが見えました。湖の水はとても澄んでいて、いくつかのアヒルのボートが水面に浮かんでいます。とても美しい。 <3見回すとツアーバスがたくさん来ていました。インドネシア人観光客もたくさん見かけました。 河口湖と紅葉 河口湖と紅葉 河口湖と紅葉 河口湖と紅葉 富士山をよく見るために、ロープウェイを使うことにしました。ロープウェイのチケットを購入したとき、行列は非常に長く伸び、何百人もの人が待っていました。 2時間近くかかる様子だったので、近くのレストランでひとまず昼食をとることにしました。河口湖の前のレストランを選び、河口湖で採れた魚料理を選びました。本当に美味しかったです。:9晴れていたのと、紅葉シーズンど真ん中だったのがたまたま重なって、そのレストランは観光客でごった返していました。幸いなことに、河口湖に面した窓の近くに眺めの良い場所がありました。 ^^ 河口湖の魚 昼食をとってロープウェイに戻ると、列はまだ非常に長く残っていることが分かりました。まだ時間がかかりそうだったので、とても広くてきれいな河口湖周辺を散策することにしました。周りを見渡すと、至る所にとても美しい紅葉が見えました。 紅葉 しばらく待ったあとようやくロープウェイに乗れました!ロープウェイが走りだすと、とてもきれいな紅葉の景色が一望できました。残念ながらロープウェイは人でいっぱいで、ちゃんと写真が撮れませんでした。しかし、人の目という最高のカメラを通して、驚くほど美しい周りの景色を記憶に焼き付けました。 <3 ロープウェイ周りの紅葉 丘にたどり着いて、富士山を眺めました。非常にはっきりと富士山を眺めることが出来ました。通常、電車の車窓からや、高所から眺める富士山はその頂上しか見えませんが、今回はその全貌をしっかりと見ることができました。 ^^ちょうど正午のため、太陽の日差しがまぶしく降り注ぎます。富士山を背景に写真を撮ろうとした友人に逆光が容赦なく差し込みます。^^ ‘暑かったので近くのカフェで抹茶アイスを買うことにしました。とてもおいしい。 :9 眩しい富士山 抹茶アイス 富士山を満足するまで眺めたあと、河口湖駅に戻り、そこから路線バスで西湖に向かおうとしたら、バスに乗り遅れてしまいました。バスは頻繁に来るわけではなかったので、結局河口湖に沈む夕陽と富士山を眺めて楽しむことにしました。背景としての富士も美しい。 ^^ 河口湖と富士山 河口湖の夕陽を見たあと、友人と一緒に近くの紅葉のイルミネーションを見に行くことにしました。しかしそこまでの道のりは遠く、私たちはバスに乗らなければなりませんでしたが、そのバスがまた非常に混んでいました。乗れなかった・・・ ^^ ‘とても時間がかかりそうだったのでもう次のバスを待つのはやめて、乗ってしまいました。次のバスがもっとすいているという保証はありませんでしたから。そのバスの中でひどい渋滞に巻き込まれました。週末だったのと晴天、それに紅葉シーズンだったので観光客はとても多かったです。日本ではめったに交通渋滞を見ませんでしたが。 ついに到着しました!遠くから見ると、渋滞に巻き込まれた車のきらめくライトと富士山が奇妙に映えていました。悪く見える状況でも、常に良い側面があるということが思い起こされます。 ^^夜間の交通渋滞を遠くから見ると、車のライトの列が非常に美しく見えたのでした。 富士山と車のライト 停留所から数分歩いたところ、道沿いの木にイルミネーションがかかっているのが見えました。ライトアップされた紅葉を見た後、東京行きのバスの出発時刻が迫っていたので帰宅することにしました。 紅葉イルミネーション 紅葉イルミネーション 今回の旅は非常に美しい景色に満ちていて楽しい旅でした。もちろん、愉快な旅のお供がいてこそです。^^次の旅では、願わくばもっともっと日本の絶景を楽しみたいと思います。 次 … Continued

日光と秋

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どんな季節が一番好きかと聞かれたら、秋と春と答えます。なぜなら、冬ほど寒くなく、夏ほど暑くないからです。私にとって、秋はとてもロマンチックな季節です。色とりどりの葉が降り注ぎ、地面に折り重なった落ち葉の山は踏みしめるたびに小気味いい音を立てます。青い空の下で涼しい風が吹く秋。春とは対照的に、秋のロマンスは、小説や映画では決まって悲しい結末とともに描かれます。たとえば、「私の心の秋」、「パリの秋」、「秋」(という名前のキャラクター)などです。秋のロマンスに美しい結末があってもいいのに。美しく終わる自分の物語を紡ぐべきでしょうか?(笑)またどういうわけか、秋という季節はおなかが減る季節です。 ^^ ‘ 歴史と政治に詳しい日本人の友人と一緒に、徳川幕府の初代将軍である徳川家康の墓がある栃木県の山あいにある町、日光に向かいました。この街は、史跡に富んでいるだけでなく、紅葉が美しいことでも有名です。 東京は東武浅草駅から東武線を利用して日光へ。東武日光駅に着いたときはもうお昼時で、とてもお腹がすいていました。駅近くのハラールメニューがある「カマヤカフェ・デュ・レヴァベル」というレストランへすぐに向かいました。食べ終わった後一旦駅に戻り、奥日光の山奥にある明智平高原に行く前にお祈りをすませ、バスの切符を買いました。東武日光駅でお祈りをする場合は、礼拝所は空いていませんので、まず案内所に連絡して扉を開けてもらってください。礼拝所はとてもきれいでした。 🙂 東武日光駅の礼拝室 明智平高原へ向かう途中、曲がりくねったいろは坂を通りました。途中で、すでに木々が赤く染まっているのが見えました(紅葉)。道中の車窓から見える景色も本当にきれいでした。 紅葉 ついに、明智平高原に到着し、ロープウェイを使って展望台まで行きました。華厳の滝と中禅寺湖の素晴らしい景色を眺めました。 「天国とはこのような場所だろうか。いやもっと美しいのかな。」とその眺めを見ながら思いました。残念ながら、私のスマートフォンのカメラは超遠景を美しいまま残すことはできませんでした。神がおつくりになった人間の目は、最高のカメラです。 ^^ 明智平高原から華厳の滝と中禅寺湖を望む もう15時30分になっていたので、すぐに中禅寺湖に沈む夕日を見に向かいました。バス停に行くと、バスを待つ人々で長蛇の列ができていました。最初のバスに乗れなかったほどです。私たちは秋の寒空の下で次のバスを待たなければなりませんでした。^^ ‘夕方の午後5時に夕暮れが訪れると言われていたので、間に合うか不安でした。もう秋だったので太陽はすぐ沈んでしまうでしょう。ついに中禅寺湖につきました。 中禅寺湖 湖のバス停から、カフェ「コーヒーショップ・スプーン」へ向かいました。超寒い外で冷え切った体を温めるためです。5度まで気温が下がるとは思ってもいませんでした。我々は二枚しか重ね着していなかったからです。 喫茶店スプーンの中禅寺湖 美しい中禅寺湖を思う存分眺めて満足した後、我々は日光東照宮へ向かいました。そこには徳川家康公の墓が置かれています。東照宮エリアには家康の孫である家光は大猷院や、輪王寺があります。徳川家の治世の時代、神仏習合が進められたといわれています。 大猷院 竹アート 輪王寺 そして本日の旅は紅葉と月明かりや電灯の「木漏れ日」とともに終わりです(笑)冗談。き ょ う は あ り が と う。。 本 当 に う れ し か っ た! … Continued

小田原の忍者と熱海のビーチ

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11月3日は日本の祝日である文化の日が日曜日と重なったので、翌日月曜日が代休となりました。そこで、日本人の友人が私を関東の小田原(神奈川県)と熱海(静岡県)に旅行しないかと誘いました。 小田原に行く理由は主に、15世紀に建てられた城である小田原城(小田原城)を見るためです。北城一族の治世では、この城が関東支配の中心となっていました。また、北条氏は当時、敵をかく乱するためにスペシャリストである忍者部隊を抱えていたと言われています。うわーなんと偶然でしょう!、私は忍者が大好きなんです!幼少の頃、忍術学校に入ろうと本気で思っていました。追いつめられると姿を消したり、突然木に飛び込んで手裏剣を投げたりできるようになりたかったものです。(笑)日本人の友達は忍者より侍が好きなタイプです。 小田原城への道 小田原への道は、昔の小田原人の絵が床に描いてある歩道を通り過ぎました。日本では歩道にかわいい絵がよく書いてあったので、旅行中歩道を歩いていても飽きませんでした。 小田原城の中庭に着くと、菊の花が展覧会で飾られていました。当時日本では、新しい天皇、ナルヒトの戴冠式があったからです。大日本帝国のシンボルは菊の御紋と言われています。 菊 菊の一種のようにも見えました いよいよ小田原城に入りました。小田原城は城の歴史、特にこの城における北条氏について説明した博物館も兼ねています。当時、小田原は関東地方(現在の東京を含む)支配の中心でした。最上階から自分が殿様になったかのようにのように景色を一望しました。城の東には海が広がり、城の西には山がそびえたっていました。 小田原城からの海の景色 小田原城からの山の景色 小田原城からの海の景色 北条氏の忍者部隊は有名なので、城の前では忍者の衣装に身を扮して写真を撮りたい人のために、忍者の衣装を貸し出していた。私も忍者になって写真を撮ってみたかったのですが、日本人の友達に笑われるのが恥ずかしかったから・・・(笑)。忍者のコスプレをしている人を見ていました。 小田原は小さい街だったので、ハラールレストランを見つけ出すのに苦労しました。最終的には、小田原名物の天ぷらを食べることにしました。とても美味しかったです。また食べてみたい!:9 天ぷら丼 お昼を食べた後、静岡県の沿岸都市である熱海に向かいました。江ノ島に行ったとき、行くのを楽しみにしていた足湯にいけなかったのを覚えていたので、日本人の友人は私を熱海の足湯に連れて行ったのですが、残念ながらまた閉まっていました。熱海には無料の足湯もありました。私たちがそこに行ったとき…温泉の水はまったく温まっていませんでした。ほんの少し暖かいかな?いや正直に言って、ほとんど冷たくなっていたと言ってもよかったです(笑)。 さて、私の友人は私の足が濡れているのを気遣ってタオルを買ってくれました。彼は熱海での旅が鎌倉ほど楽しくなかったのではと心配し、罪悪感を感じていたようです。彼が日本人として最高の旅を私に体感してもらうことが出来なかったと感じ、彼は悲しそうな表情を浮かべました。ご存知の通り、日本人はゲストをとても歓迎します。私は冗談を言って彼を元気づけようとして、彼は笑ってくれました。そして私は彼に伝えました、「重要なのは旅の目的地ではなく一緒に旅行をすることです」。彼と一緒にいるのはとても楽しいし、並外れた知識を持っているので、私は彼と一緒に旅行するのが好きです。 :)実際熱海の旅も、周りは人が少ないのでプライベートビーチのように感じられて、私は気に入っていました。西スマトラ州パリアマンの故郷を思い出しました。私の村は海が目と鼻の先にあり、朝は人もいなかったのでプライベートリゾートにすることができました。 太平洋を見下ろす熱海のビーチ ビーチそばの家並み 熱海のビーチ 以上が沿岸都市熱海の旅の記録です。嬉 し か っ た あ り が と う !! ^^ 次 : 日光と秋 前 : 鎌倉の夕日と江ノ島の夜

鎌倉の夕日と江ノ島の夜

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川越に行った翌週、日本人の友達に関東の史跡を回らないかと誘われました。今回は12世紀に源氏が開いた幕府の中心で、海沿いの古都・鎌倉へ行くこととなりました。歴史大好き人間として、同じく歴史が好きな旅行仲間が一緒にいるのはとても嬉しいことです。もちろん私は誘いを受けました。 ^^ 鎌倉は東京からそれほど遠いところにはありません。神奈川県にあり、東京から電車で約1時間でつきます。日本の好きなところは、あらゆる場所が便利に電車で結ばれているので、バスや自家用車に比べて渋滞の心配がなく、どこでも快適に移動できます。 鎌倉につくと、沢山のシーフードスナックが視界に入りました。わあ!シーフード大好き!:9シーフードしかない世界でも私は生きていけるでしょう(笑) まずは鎌倉で最も重要な神社である八幡宮へ。この寺社仏閣の境内は非常に広く、階段を上っていくとメインの建物にたどり着くことが出来ます。いくつかの小さな建物が階段のふもとの方にはあります。例えば、2つの魚がすむ池があり、それぞれが源氏と平氏族という2つの支配階級を表しています。 八幡宮本館 八幡宮からの眺め 八幡宮を散策した後、おなかをペコペコにすかせながらハラールメニューのあるレストランを探していました。結局歩き決めあぐねて、かじやレストランに行くことにしました。実は、そこはハラルメニューのみを提供しているわけではありませんでしたが、独特のメニューブックでイスラム教徒が食べられるハラルメニューを用意していました。 かじやレストランハラルメニュー 新鮮でやわらかなマグロ米 :9 かじやレストランの正面図 超新鮮な海鮮レストランかじや:9でランチを食べた後、日本で2番目に大きい仏像である鎌倉の名物、鎌倉大仏に向かいました。日本で最も大きな仏像は奈良にあります。 鎌倉大仏 鎌倉大仏 鎌倉大仏に行った後、鎌倉で最も人気のある神社である銭洗弁天を訪れました。日本人はそこでお金を洗います。ここでお金を洗えばそのお金が倍になると信じているからです。銭洗弁天は丘の上にあるため、非常に上り坂の道路を上らないと行けません。 銭洗弁天 銭洗弁天からは江ノ電を利用して長谷寺駅に立ち寄りました。大仏があるそのお寺はは高い丘の上にあるので、寺院の中庭から鎌倉海岸の景色を一望できます。鎌倉は丘陵に囲まれた沿岸都市で、13世紀の日本の権力の中心が自らを防御するには良い立地にありました。 長谷寺から鎌倉海水浴場を望む 長谷寺 木もれ日が大好きなので、午後は大きな木々と竹が列をなして植えてある報国寺に連れて行ってもらいました。 ^^ 報国寺こもれび 報国寺こもれび こもれびも見れて満足した後、もうすぐ日没になりそうだったので鎌倉のビーチに向かいました。夕日を見逃したくなかったからです。そして確かに、夕日はとてもきれいでした。マーシャアッラー。おそらくこれまで見た中で最も美しい夕日だったでしょう。空はとても明るく、太陽の光が金色の線を海上にひいていました。まさに完璧です<3夕日を見るといつも、わけもなく夢や未来について思いにふけって心が躍ります。この美しい夕日を見せてくれてありがとう。 ^^ 鎌倉海に沈む夕日 鎌倉から江ノ電で江ノ島に向かいました。江ノ島は鎌倉と橋でつながっている小島です。19世紀に江ノ島の一部を購入したイギリス人商人、サミュエル・コッキングが設立した公園であるサミュエル・コッキング・ガーデンに向かいました。そこには江ノ島や鎌倉の夜景を見下ろす展望台もあります。私が来たときはこの公園にはたくさんの美しいライトとキャンドルがあり、本当に感動しました。とても美しく、ロマンチックです。 ^^ 光るカラフルな薬液 キャンドルに囲まれた展望台 数千本のキャンドル サミュエルコッキングガーデンからの江ノ島と鎌倉の眺め 今回の旅はとても楽しく、思い出に残るものでした。私をこんなに美しい場所に連れて行ってくれてありがとう。^^また今度他のきれいな場所を二人で訪れることを願って\ (^ o ^) / 次 : … Continued

川越市

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最近日本に来る前まで、東京から30分のところに川越と呼ばれる古い街並みがあることを知りませんでした。一週間前、東京大茶会に参加した後、日本の文化や歴史に詳しい日本人の友達から、江戸時代や徳川幕府(1603-1868)についてもっと知りたいなら川越に行こうよと誘ってくれました。川越は、埼玉の小江戸といわれています。江戸時代のこの町は、北関東の物流の中心でした。「小江戸」と呼ばれているのは江戸時代の建築様式がまだ残っているからです。 川越ベルタワー(時の鐘) 川越市は交易の中心として、蔵造りと呼ばれる特徴的な倉庫があり、その壁はしっくいと粘土でできており、火災を防げるように作られています。 蔵造り通り しばらく見ていたら、ハラールメニューと礼拝スペースのある「こうすし」でランチをすることにしました。しかし、そのレストランはすでに予約がいっぱいで、席はもうありませんでした。せめて、私はそこで祈る許可を求めました。彼らはそれを許してくれました。 クレンジングルーム きれいな祈りのスペース 日本の好きなところは、観光名所にある様々な礼拝室がとてもきれいだったということです。 ^^祈った後、私たちは別のレストランを探すことにしました。私の友人曰く、川越はうなぎで有名だそうです。うなぎ丼を食べてみることにしました。本当に美味しかったです。私はうなぎが最高に好きです。 :9 食べ終わった後、友達から着物を借りて、着物姿の「小江戸」を散歩しました。蔵造り通りに点在する着物レンタル店に入って見ました。ヒジャーブの色に合わせた桜色の着物を選びました。店主さんが私が着物を迷わず早く選んだので驚いていました(笑)。 帯着物 あのとき着物を実際に来たことで、なぜ着物を着ている人はとても優雅に歩くのかわかりました。なぜなら、着物を着ていると歩くとき大きい歩幅で歩くことはできず、下駄をはいていると大きく足を踏み出すことはできないからです。度々転びそうになったので、私はそれほどエレガントに歩けませんでした。(笑) 願いだらけの木板 歩いていると、神社で日本の伝統的な結婚式に出くわしました。以前、明治神宮で日本の伝統的な結婚式を見たことがあります。日本の伝統では、花嫁は白い着物を使い、男性は黒い着物を使うことになっています。 日本の伝統的な結婚式 着物を着ながら歩き回って満足した後、蔵造り通りに戻りました。スターバックスの前は大勢の人でにぎわっていました。江戸時代の建築のようにデザインされた川越オリジナルのスターバックスで多くの人が自撮りをしていました。私ももちろん写真を撮りました。スターバックスは江戸時代から続いていることがわかりました!(笑)(じょうだん^^) 時計を見ると、もう5時になりそうでした。我々はすぐに着物レンタルショップに向かいました。なぜなら返却期限が迫っていたからです。 着物を着る^^ 着物から普段着に着替えなおして、川越まつり博物館に行くことにしました。先週のフェスティバルは残念ながらいけなかったので、川越まつりの様子は博物館で追体験するしかありませんでした。博物館の前には川越を回る小江戸バスのバス停がありました。このバスは川越の街並みにマッチしたレトロなデザインでした。 川越はサツマイモで有名だったので、我々も芋恋と呼ばれるサツマイモから作られたお菓子を買いました。芋恋はふかして食べます。非常に美味しく、口の中でとろけました。:9お茶のおともに最適です(笑) き ょ う わ ほ ん と う に し か っ  、 あ が と と う た … Continued

さようなら日本

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2009年12月17日 眠りから目を覚ましたくないと思った。私はもっ​​とここに長くいたいと思いました…夢が叶ったと感じました…ここでは、人種、宗教、国関係なくすぐに良い友達を作ることができました。皆が団結し、苦楽を共にしました。 マロウドナリタインターナショナルホテルからインドネシアへの出発は午前8時20分でした。最初に出発したのは7時のフィリピン行き、続いて7時15分のインド行き、7時45分のマレーシア行き、8時のタイ行きでした。オーストラリアは08.30、ニュージーランドは08:45です。タイとマレーシアからの学生と一番仲が良かったので、彼らと別れるのはとてもつらかったです。ただ涙が止まらなかったです…昨日の夜からずっと泣いていたのに?とはいえ私はソーシャルメディアを介して連絡を取り合うことがまだできました。 空港にいたとき、ももさんや他のツアーガイドに会いました。すぐにももさんを抱きしめたところ、ももさんは日本に戻らなければならないと言った。後で彼女は私のガイドになります。わぁ…ママさん。 T.T 搭乗が始まり、機内持ち物の確認がありました。私は100ml以上の液体石鹸を所持していたのでまた搭乗前に廃棄しなければいけませんでした。キャビンに持ち込むためのバッグではなく、荷物の方に入れるのを忘れていました。フ〜 最後にしばらく待った後、飛行機は動き始めました。ジャカルタを出発したとき、JAL 726便に乗っていましたが、今回はJAL 725便でした。飛行機は11:10に離陸しました。 ふ〜眠気が起きなかったので液晶画面を見つめると、飛行機はもう遠く日本を離れていました。インドネシアに戻った後も、ウィスマハンダヤニでオリエンテーションに2日間参加しないといけませんでした。将来のプログラムがより良いものになるように、フィードバックが必要だったからです。 日本を一言で表すなら・・・「最高!」今日の火はさよなら 、また会うまで. 日本になるべく早く帰ってきたいです。 次 : Gojek 前 : 東京でのセミナー

東京でのセミナー

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2009年12月16日 日本にいる間、起きてすぐいつもしていたことのなかに、ホテルのカーテンを開けて外の景色を見回すことがありました。整っていて非常に美しい街並みの上を、多くの鳥が飛んでいました。しかし、うかうか景色を眺めているわけにもいきません。すぐに片付けをしなければなりません。この日私は東京でゼミに参加するので、朝食をたくさん食べておかなければなりませんでしたから。^^ 私たちはまさしく東京にいました!というのも今回の旅は東京駅で乗り継ぎ、バスで旅していたからです。東京大学へのスタディツアー、渋谷を散歩、忠犬ハチ公像の前で写真を撮るなどまだやりたいことは沢山ありましたが、ムシが良すぎですね。静かな町より、私は東京のような喧騒ある都市が好きです。文化都市としては、京都が最高ですがね! 朝食後、バスに乗りました。昨日のように各国の生徒がまじりあうのではなく、母国の同胞たちと初日ぶりに再会します。いつものように、INAバス2に乗りました。ツアーガイドは以前と同じゆかりさんです。 AFSのボランティアは美雪さんや須田荘さんではなく、麻理子さんとマルちゃんでした。マルちゃんは、ボランティアとして参加しているドイツ人です。 ハフ〜日本で残された時間はあと1日になっていました。今日はまとめのゼミがあります。各国から男女の学生を代表として派遣しスピーチをさせなければなりませんでした。旅行中、私はジャカルタにありそうな多くの高層ビルを見ましたが、日本では伝統的な寺院や公園が高層ビルと並んで空間の中に共存している点がインドネシアとは違いました。そのため、景色がより一層美しく見えました。特に時期が冬のはじめだったので、道路沿いに美しいイチョウの木を見ることができました。しかし、最初に来た時と比べると、葉が落ちた木がすでにたくさんありました。すでに雪が降っている場所もあったようです。鳥取に居た時、おかあさんは日本をたった直後、12月17日に雪が降るだろうと言っていました。、11月から雪が降っていた北海道でホームステイをしていれば、雪を見ることができていたはずです。 やっとつきました.. ^^やっとセミナー会場に到着しました。いつものように、手をアルコール消毒しました。食事の前に、計一日4〜5回手にスプレーをかけていました。運営委員会はバクテリアやウイルスについてかなり注意を払っていました。豚インフルエンザのパンデミックがあったからです。 まとめのゼミは、各国からの代表者がスピーチをして終わりました。私たちが最後のゼミから戻るとはすでに夜遅くになっていました。その日は最終日だったのでバスの中にいた生徒たちは本当に東京を観光したいと思っていました。明日の朝には私たちは日本をたたなければならなかったからです。 私たちの願いが叶い、バスは東京を一周してくれました。東京の夜景は本当にきれいでした。途中、ゆかりさんから日本で一番好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞かれました。私を含め多くの生徒は、最もおいしい食べ物はお好み焼きだと答えました。うどん、天ぷら、サーモンのフライ、魚介類、たこ焼き、たい焼き、どら焼き、餅などもみんな大好きです。ハハ。私が嫌いだった食べ物は、わさび、魚の卵、そしてねばねばした納豆です。おかあさんに私にそれを食べてみるよう勧められましたが、ウエッもう十分です・・・。インドネシアのテンペは納豆よりもはるかに美味しいですよ。年配の日本人は健康を考えて納豆を食べるのが大好きなようです・・・。 私たちがお好み焼きを食べたいといったのに、食べさせることが出来なかったのでゆかりさんは申し訳なさそうにしていました。ホテルで夕食をとると決まっていたからです。突如私たちのバスはすでに渋谷のショッピングセンターの上に出ました。私は立ちあがって景色を見下ろすことができました。うわー、本当にクール!あちこちで光が眩いていました。渋谷の近くにはインドネシア大使館とSRITがある目黒があります。わあ…本当に行ってみたかった!突然、私は物語を想像しました。 東京のある夜、12月末、突然雪がやさしく降って、女性が一人で東京を歩き回っていました。彼女はベージュのウールコート、薄茶色のニットマフラー、クリームグローブ、イヤーマフ、茶色の革のアンクルブーツ、縞模様の茶色のスカート、乳白色の白い亀のセーター、柔らかい茶色のベールを着ていました。イヤホンをつけた彼女はユイの歌「冬の熱い音楽」を聞いた。手袋をはめていても、彼女の手はまだ凍えていました。少しでも手が暖かくなるように、手をコートに深く押し込んでいました。美しい冬の景色を楽しみながら、彼女はゆっくりと歩きました。東京のシンボルのまわりを歩いていたようです。東京タワーに決まっていますね。彼女が東京タワーの頂上につくと、どこにいてもカップルがいました。年配のカップルでさえも見つけました。彼女は彼らを見て微笑みました。彼女は、こういう場所には少なくともパートナーと一緒に訪れる方がもっと楽しいだろうと思いました。 突然、彼女はあの人のことを思い出しました。彼のために、彼女はわざわざ東京までやってきたのです。 「ただ、夢を追いかけていたいのに、あの人のことを考えたくありません。私を決して見ようとしない人。彼は私の思いに気づかないからです。とにかく、インドネシアにいる友達からなんで急に東京に引っ越すのかと尋ねられたとき、彼女はこう答えていました。幸運なことに、彼女は昔から彼女の憧れであった名門大学の東京大学から奨学金を得ていました。幼い頃からそんなことを考えてから長い時間が経っていました。そのような気持ちは心に留めておく必要があります。そしてその瞬間がやってきました。 Lauh Mahfuzという名の人が登場したからです。待って…彼女にとってその瞬間は最高でした。東京タワーの最上部で、彼女は夜の東京の景色を見ることができました。彼女は結露したガラスに何かを書き残していました。「神様私の願いをかなえてくれてありがとうございました。」その後、彼女はアパートに戻ることにしました。早朝に東京大学の駒場キャンパスでゼミを控えていたので、彼女は早く寝なければなりませんでした。薬学部では、「日本の製薬サービス」というトピックでゼミが行われていました。たい焼きを売っているお店の前でいい香りを嗅いだので、財布をチェックして、たい焼きを2つ買おうとしました。黒いコートと灰色のタートルネックのセーターを着た男性が近づいてきました。彼は….. フフ、それは東京のラブストーリーに関する私の想像のほんの一部です。突然、友人が「東京タワー!」と叫んだ。どこ?ああ、確かに!しかし、私たちはバスに乗っていたので、遠目に窓からでしか見ることができませんでした。いつかここに戻って、東京大学で勉強するという夢を追いかけようと決意しました。 ^^アーミイン。 ゆかりさんは東京タワーを見る私たちの顔がみるみる明るくなっていくのを見て、日本で一番好きな場所について話をふってきました。ほぼ9時だったので、空腹から気をそらそうという思いがあったんだと思います。夕食を摂るホテルに到着していませんでした。うーん…私が一番好きな場所は、東京の夜景と紅葉の時期を迎えた京都です。私を驚かせたのは広島市にあったごみ焼却場です。友達の何人かは、彼らのお気に入りの場所は日本のトイレだと言っていました!ハハハ、実は私も。日本のトイレはすごいです。 Hufft〜まだやり残したことがたくさんありましたが、明日になったら家に帰らなければなりませんでした。正直に言うと、日本に飽き足りていなかったので、家に帰りたくありませんでした。ホテルに着いて黒板に書いてある通知を読むと、不意に泣き出したくなりました。 明日の朝までずっと起きていたかったです。できるだけ早く日本に帰ってきます! バスで旅行していた間、よく流れていた音楽を思い出しました。「僕が一番欲しかったもの」(槇原敬之)です。 次 : さようなら日本 前 : 横浜ツアー

横浜ツアー

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200年12月15日 1日プリンスホテル横浜に滞在した後、そのホテルは以前のホテルよりも小さいホテルでしたが、とても快適で豪華でした。さてホテルから出て横浜周辺のツアーをすることになりました。 ^^それでは、CMバス10に戻って生徒たちと混じります。CM10の生徒たち、ハミさん、モモさん、アサギさんと再会できてとてもうれしかったです。 そしてピコさん。ピコさんは大島さんの後任です。大島さんは大学に戻ったので、参加できませんでした。 最初の旅行先は山下公園という、海に近いとても美しい公園でした。たくさんの鳥がいましたが、奴らはいたるところにフンをしようとするので、注意しなければなりませんでした。 >.< 友達の一人がフンをお見舞いされました。彼女(イスラム教徒)はフンのせいで祈ることができないことを恐れていました。 ^^ ‘有名な横浜タワーも山下公園にあります。 また、山下公園で有名なのは、港を取り囲む美しい船です。氷川丸など有名な船があります。 ハミさんは日本には2つの有名なデートスポットがあると教えてくれました。東京ディズニーランドと夜の横浜です。 途中、旅行ガイドのパンフレットを手に取りました。パンフレットに夜景の写真が掲載されていました。本当にすてき!Hwaaa…見たかった!でもこの日は夜を待たずに横浜を出て千葉に戻りました。公園の周りには、アイスクリームの自動販売機がありました。本当に買いたかったのに、ポケットにはわずかなお金だけ。私は自動販売機の前にじっと立つほかありませんでした。すると私の友人は私にアイスクリームをおごってくれました!!オレンジアイスクリームでした!うーん。友達の緑茶アイスクリームも美味しかった。日本のアイスクリームはとても美味しかったです。 :9 山下公園を訪れた後、中華街で昼食をとりました。ハミさんが「最大のチャイナタウンはどこですか」と聞くと生徒たちはふざけて「中国にあります」と答えました!みんな笑ってた(笑)。ハミさんによると、世界最大の中華街は米国サンフランシスコにあります。そして二番目に大きいのはここ横浜です。横浜自体東京に次ぐ人口密度の高い県で産業の中心地です。私たちが中華料理店に入ったとき、ハミさんがここの料理には豚肉が入ってないと教えてくれたので、食事を楽しむことができました。はい、いただきます!! ^^ 食べ物はとても美味しかったです。突然、ある国の生徒たちが驚いた。彼らは食べ物にアルコールの香りを感じ取りました。ウェイターに尋ねると、本当に酒が入っていることが判明しました。ウェイターはアルコールは入ってはいるが少量であり、すべての食べ物にワインが混ざっていると伝えました。たとえほんのわずかでも、食べ物にアルコール飲料が加えられている場合、イスラム教徒はその食べ物を食べることを禁じられています。結局、その食べ物はパンに換えられました。インドの生徒は私たちが食べるのを待ってくれました。ヒンズー教徒も牛肉を食べることができなかったからです。事件について知ると、ツアーガイドは謝罪した。 中華街から、三菱みなとみらい産業博物館に行きました。ここはかなり記憶に残っています!たくさんのロボット、乗り物のレプリカ、宇宙船、船などがありました。「はなまる」と呼ばれる有名なロボットがありました。 kawaii(かわいい)とkakoi(クール)の2つの単語しか理解できませんでしたが。私たちがそれらの言葉の一つを言うと、彼が動く仕組みです。とてもかわいい。^^ 三菱みなとみらい産業博物館から、東京湾アクアライン(海ほたる)に向かいました。道中、水中ト​​ンネルを通過します!とてもクール!!トンネルのある普通の道が、海の中にありました。うわー、再び日本で素晴らしい場所を見つけました。その場所、海ほたるは人工島です。そこから、海の近くや海に立つ多くの工場を見ることができました。 海ほたるを後にして、再び千葉に戻りました。マロウド成田インターナショナルホテルに戻ります。東京湾と呼ばれていますが、実際にはまだ神奈川県にいました。東京、千葉、横浜は隣り合っています。東京ディズニーランドも同じように、東京にあると思われがちですが、実際には東京ではなく千葉にあります。 この日はバスCM 10のメンバーとお別れの日でした。翌日、私たちは同じ国からの学生と再会するからです。とても悲しいことでした。CM10のメンバーと一緒に多くの興味深い経験をしました。さまざまな人種、宗教、民族の人々がともにありました。 : ’) 旅行中、全員が日本についての印象を聞かれました。突然、ももさんが泣きました。ハミさんに関しては何度か泣いているのを見たことがあります。でも、普段元気なももさんはなぜ泣いているんだろう?私とCM 10の他の生徒たちも泣きました。T.Tももさんは日本・特に鳥取での滞在中、私をたくさん助けてくれました。私が出会ったすべての日本人はとても親切でした。彼らは私がお願いする前からためらわずに助けてくれました。日本人はそれを「おもてなし」と呼び、ゲストのニーズに注意を払い、最高のサービスを提供することを旨としています。日本はイスラームの教えの一つを守っていると思います。それはゲストを迎えることです。 ホテル、レストラン、観光名所で、私たちはお客様として本当にいたせりつくせりで歓迎してくれました。私は欲しいがままにすべてをお世話されている王女様になったかのように感じました。ホームステイ中お父さん(ホストファーザー)が、私が泊まったホテルはみな高級ホテルですと教えてくれました。 ホテルに着くと、私たちはツアーガイドAFSボランティアからの手紙が入った封筒を受け取りました。その日は日本に初めて来た日と同じように、マロウド成田国際ホテルに泊まりました。じきに私たちはそれぞれの母国に帰ります。明日は閉会式になります。私は目を閉じたくありませんでした、ここではすべてが素晴らしすぎたからです。 次 : 東京でのセミナー 前 : 青山剛昌美術館