茶道
2009年12月12日 起きたら6時半になっていました。曇った窓を開けると、まだ明るくなっていませんでした。携帯で調べると、日が昇るのは7時のようです。冬だったので夜は長く続く。しかし一方で、私は長く寝ることが出来てうれしかったです。(注;筆者はムスリムなので朝の礼拝の為に日昇前に起きる必要がある)私は非常に驚きました。5つの布団に、靴下を重ねても、まだ寒かったからです。気温は7度ありました。もし冬が深まれば、どんなに寒くなるのか想像もできませんでした。 朝の祈りのあと、顔を洗って朝食を摂ると幼稚園のお祭りのために、今朝は早くに出発するとお母さんから伝えられました。 鳥取の静かな良い朝を堪能しました。鳥取では、家々は東京ほど密集していなかった。だがしかし、私はやはり東京のような場所が好きです。私には鳥取は静かすぎました。東京や広島程賑やかではなかった。 道中ずっと日本のギャングまたの名をヤクザ、について私はずっと気になっていました。そこでついにお母さんに聞いてしまった…「お母さん、鳥取にヤクザは居るの?」お母さんは笑って答えました「勿論、ヤクザは日本中に居るわ。最近はその力に陰りが見えているけど。」 突然商店の前で車が止まりました。お母さんによると、我々は車を変えてフィリピンやニュージーランドからの生徒が乗る車に乗り換える予定だそうです。少し待ったのち、その車がやってきました。大きい車でした。ホストファミリーのお父さん・お母さん。おばあちゃん・妹、そしてフィリピンとニュージーランドの生徒、そして我々が乗り込んだことで、この車はぎゅうぎゅう詰めになりました。ようやく日本人が大きな車を運転しているのを目撃しました。鳥取ではたいていの車は小さかったからです。例えばお母さんの車はスズキのスイフトでした。 幼稚園につくと、たくさんの幼稚園の生徒に会いました。可愛すぎる!私は年を聞いてみました。三歳・四歳だそうです。カワイイデスネ~ さあ、一番目のショーが始まりました。最初のパフォーマンスはアコースティックです。盛り上がってきた!様々な種類の楽器で構成されていたのに、全員がリズムに乗って演奏していました。子供たちは指揮者の先生に導かれていました。 次のショーはミュージカルでした。いくつのミュージカルが上演されたかはもう覚えていませんが、とにかくたくさんでした。どの上演も面白くて素晴らしかったです。特に衣装が素晴らしかった。不幸なことに、写真を少ししかとることができませんでした。カメラのメモリーが切れていたからです。ここでお見せできないのが本当に残念です。本当にクールだったのになあ。幼稚園の子供がこんなパフォーマンスを見せてくれるなんて想像だにしていませんでした。また日本では小学生になるには何か楽器が出来るようにならないといけないということを彼らから聞きました。ワオ!子供のころから楽器を教えないとね。 幼稚園の祭りのあと、ミニマーケットにまた連れていかれました。そしてそこでお母さんに会いました!私と、ジャー(タイ人)ニーナ(フィリピン人)ブリトニー(ニュージーランド人)はお母さんと一緒にイオンモールに行きました。 イオンモールで遊んだあと、車に戻ってきました。突然スイス人学生でAFSプログラムに参加していたビーさんが現れました。彼はフィリピン人の学生であるニーナと一緒に歩いていました。ビーは、ホストファミリーと一緒に歩き回っていましたが、はぐれてしまい、突然ニーナに再会しました。そうそう、Beaは私が2階から私を見たと言いました。彼女によると、私は見つけやすいようです。なぜなら私はモールでヒジャーブを使った唯一の人だったからね。 みんなが集まった後、お母さんから、これからドイツ人学生のホストファミリーを訪れると伝えられました。同じ鳥取県でも、彼の都市が違いました。少し遠かったです。着くとディラーラさんに出迎えられました。どうやら、ディラーラのホストファミリーのお母さんは例のお茶会のインストラクターのようです。家の中にはお茶会に参加する人々でごった返していました、そのお母さんは着物を着ていなくてすいませんと謝っていました。大丈夫! 茶道の作法はとてもクールです。茶葉は、地下の箱に最初に熟成されなければなりませんでした。とてもエレガントに見えました! 生徒たちは茶道を練習しました ついに、淹れたお茶を飲んでいいといわれました。とても澄んだ味です!薄味だったが、どこかアロマの香りがして、私はリラックスできました。お母さんは正しかった。日本ではお茶のアロマを味わいリラックスするために、砂糖は入れません。三回も飲みました。病みつきになりそう!そのあとに、お茶の苦みを中和するために甘い餅が出されました。 ディラーラのホストファミリーのお父さんが少し英語が話せるだけだと言っていた。だから彼女が日本についたとき、ターザンになった気分だったそうです(笑)。彼女のホストファミリーには子供がいませんでした。だから、家の中にいるのはお父さん、お母さん、ディラーラ、二匹の犬、一匹の猫、それだけです。 しばらくすると、お母さんが私たちを迎えに来ました。そのまえに、私の「お母さん」とディラーラの「お母さん」が何か話していました。 家に帰ったらすぐに寝床につきました。明くる日には倉吉市で最終チャプターを控えていました。お母さんによると、鳥取でAFSプログラムに参加しているすべての子供が集まる予定だそうです。そしてたくさんの美味しい食べ物が振舞われるとか。明日でホームステイは最後になります。悲しいよ、後数日で日本をたたないといけません。まだ日本にいたい~。 次 : 鳥取AFS支部閉会 前 : 日本人とだんごを作る