東京旅行 (2)

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前 : 東京旅行 (1) 南東京 青山フラワーマーケット 花を好きな私は、美しい花が見れる場所をインターネットでいつも探しています。幸いなことに、東京の表参道に、花と香辛料を混ぜたお茶が飲める美しいフラワーショップがあります。花飾りのある綺麗な場所で飲めるだけでなく、花を買うことも可能です。ここのお茶は本当においしいし、飲むとリラックスした気分になります。ロマンティックな雰囲気がお好きな方は、甘くリラックスした雰囲気を気に入ると思います。愛する人と話し思いにふけるための楽しくて暖かい場所。 ^^ 表参道エリア 青山フラワーマーケットの花 くつろいだ花茶とスパイス お茶を飲んで、物語を共有しました^^ お台場 東京南部には、お台場と呼ばれる人工島があります。お台場には、日本の有名なエンターテイメント、ショッピング、アミューズメントセンターが集まっています。ここまでの電車から見える東京の景色はとてもきれいでした。列車は新しくて洗練されていて、東京を上から見下ろすモノレールから、東京湾の美しい夜景を見ることができました。 ^^ 私にとって、このお台場行きのゆりかもめは、東京で最も美しい電車旅でした。 お台場には、レインボーブリッジや自由の女神、ガンダムユニコーンなどみんな大好きなマスコットがありました!!ここのガンダムユニコーンは非常に高くて大きく、そのサイズは約20メートルです。ダイバーシティ東京プラザショッピングセンター前で、夜7時30分から9時30分まで30分おきにイルミネーションされたガンダムと背後の大画面でガンダムアニメを超クールな音楽と一緒にお届けされます!! :3 レインボーブリッジが美しいお台場 自由の女神像(台場 ユニコーン ガンダム 六本木ヒルズ 東京の南部に位置する六本木ヒルズは、オフィス街とショッピングセンターが集まっている地区にあります。東京タワーの向かいにあるため、東京の街並みを上から撮影するなら六本木ヒルズが一番おすすめだと思います。しかも、富士山まではっきり見えます。 (続きを読む:高さからの東京) 六本木ヒルズから夜の東京タワー 六本木ヒルズのスパイダーマスコット 六本木ヒルズ近くのイルミネーション テレビ朝日 六本木ヒルズの向こうには、ドラえもんやクレヨンしんちゃんなど、数々の有名アニメを制作しているテレビ朝日があります。私と友達は、お気に入りのアニメキャラクターの前で写真を撮ることができます。建物の中には、休憩してコーヒーやお茶を飲むための美しいカフェもありました。 クレヨンしんちゃん どこでもドア 東京ミッドタウン まだ六本木エリアにいたので、美しい公園のある商店街や東京ミッドタウンに向かいました。ここで、友達が日本で人気の洋菓子店、とらやペストリーショップに連れて行ってくれました。私の好きな形は確かに桜です。 ^^午後の東京ミッドタウンパークの散歩はとても気持ちが良く、都会の喧騒を忘れることができました。 東京ミッドタウン 虎屋洋菓子店の桜型ケーキ 次 : 東京旅行 … Continued

東京旅行 (1)

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東京・秋葉原から20分の衛星都市である市川に2ヶ月滞在していました。週末など暇な時に東京に出来るだけ行きたいなと思っていました。市川から東京へ行く電車は沢山あり、5分間隔でやってきました。 2009年に初めて日本に来たときは、東京を歩き回ったりはしませんでした。今回は東京のことをもっとよく知るために日本を訪れました。私が留学してみたかった町です。日本最大の都市で行政の中心でもあるこの街は、歴史と現代文化が織りなす色鮮やかな街です。 今回は東京を、西部・中央部・北部・南部に分けて解説していきます。ちなみに東京東部につきましては、東京東部の観光エリアは千葉県を含んでいるからです。 西東京 原宿 コスプレみたいな日本の現代文化が好きな人なら原宿を知っているに違いありません。新宿と渋谷の間に位置する原宿は、アニメやマンガ、ゲームのキャラクターのコスプレが好きな若い日本人には人気のたまり場になっています。幸いなことに、アニメにもでてこないような奇抜な手品師のような服を着ていても、原宿の人々はあなたを白い目では見ません。私にとって、原宿は日本の中の奇跡です。日本人は一般的にシンプルでエレガントな服を好み、色は黒、ネイビー、白、または茶色の中から選べます。ほとんどの日本人は風変わりな服を着て、他人の視線や注意を引くのを良しとしません。しかし、原宿の人は他人の目を気にせずにファッションを追求するのが優先のようです。原宿そのものの話をすると、道が狭く混雑していて、ファッションショップ、アクセサリー、カフェ、レストランが立ち並ぶ竹下通りは必見です。 コーヒーとラテアートが大好きな私は、東京に行ったら必ず美しいラテアートを提供するカフェを見つけようと決めていました。混んでいる竹下通りからさほど離れていないところに、カフェラテアートのコーヒーを注文できる「Reissue」というカフェがあります。平面でも立体でも構いません。必要な写真を提示するだけで、カフェのスタッフがラテアートを作ってくれます。私のお気に入りのキャラクター怪盗キッドを平面で注文し、友達は立体のトトロを注文しました。 怪盗とトトロのラテアート 怪盗2Dアート<3 トトロ3Dラテアート 渋谷 日本の若者の間で最も人気のあるたまり場の1つが渋谷です。ここでは、アイドルのMVやかわいい広告を表示するスクリーンを見ることができます。また、週末の渋谷ではアイドルのライブがよく行われます。若者たちでごった返すこの場所の中心には渋谷スクランブル交差点があり、そこから広がる大きな道を通じて人や車の波が毎日交わります。そこの信号は確かに非常に長く、多くの人、多分何千人もの人が一回にごとに横断しています。 渋谷スクランブルのほか、有名な渋谷のマスコット、忠誠の象徴である忠犬ハチ公の像を見ずには渋谷を去ることはできません。一生を通じて忠犬ハチ公はご主人様がこの渋谷駅に帰ってくるのを待っていました。飼い主が亡くなった後も飼い主の帰りを渋谷駅で待っていました。だから、あなたの浮気がちな人や不誠実な人には、ハチ公の物語を引き合いに出すことが出来ます。犬でさえこんなに忠実なのに、なぜ人間は犬並みにも忠実にふるまうことが出来ないのでしょうか。 :p ハチ公犬の像 明治神宮 原宿駅からさほど遠くないところに、明治天皇を祀る神社があります。明治天皇は日本を近代化しました。明治維新を聞いたことがありますか。明治天皇の治世はまさに、日本が近代国家として生まれ変わる時期にあたります。明治時代に鎖国をやめて、開かれた、西欧諸国に倣う国へと日本は生まれ変わりました。 明治神宮は、たくさんの木々に囲まれた広場の中にあります。東京の喧騒に疲れた体を、ここで歩いて休めるのはとても快適でした。休日になると、この神社で行われる日本の伝統的な結婚式も見ることができます。通常神道式では、男性は黒い着物を着、女性は白い着物を着ます。 明治神宮 代々木公園 明治神宮から少し歩いたところに、代々木公園と呼ばれる広い公園があります。私は代々木公園で開かれたインドネシア・フェスティバルに参加すべく代々木公園に行きました。 10月19日・20日に開催されていました。インドネシア・フェスティバルでは、ダンス、歌、インドネシア料理など、インドネシアの文化が披露されていました。私が到着したとき、特にインドネシア料理目当ての日本人がたくさんいました。また、日本人がインドネシア文化を披露していました。 そこらじゅうがインドネシアの文化に興味津々な日本人で溢れかえっていました。 新宿 日本で一番忙しい場所は新宿です。新宿駅は世界で最も利用者数が多い駅で、毎日何百万人もの人が通っています。新宿は日本のオフィスで、大きなモールやレストラン、ホテルもたくさんあります。 新宿にはたくさんのレストランがあります 新宿のイルミネーション招き猫 かわいい:3 東京都庁 新宿エリアの中に、東京都庁があります。中に入り、展覧台まで登ることもできます。そこから東京を無料で眺めることが出来ます。気になる人は、「東京のスカイライン」をご覧ください。 無料なので何度もこのビルに行きました。インドネシアに帰る前日の夜、私はここで建物が閉まる直前まで過ごしていました。インドネシアに帰る前に、日本人の友達から何を食べたいか聞かれました。鰻が本当に食べたかったです。川越で食べたうなぎがどれだけ美味しかったか。都庁からさほど遠くないところに、日本人の友人と私はうなぎ屋を見つけました。本当においしかったです。 :9コナンの友人である源太が、なぜ億万長者になった場合、彼はいつもいくつのうなぎ丼を手に入れることができるのか計算するのか、理由がわかります。ははは、私も元太に同意です。うなぎは美味しい。 ^^ うなぎ、大好きな食べ物 神宮外苑いちょう並木 秋に日本に来たなら、葉っぱが扇状になっているイチョウの木を見ないうちには帰れません。秋になるとイチョウの葉の色は黄金色になります。非常に美しい。桜と同じくらい大好きな木です。 2番目のお気に入りは紅葉です。へへへ。 あと東京でオススメの場所は銀杏並木です。青山のオフィス街と明治神宮公園を結ぶ道路の両端に銀杏の木が列状に植えられています。 いちょう並木 イチョウの葉 … Continued

ひたち海浜公園

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ある日、インスタグラムで日本旅行で行くべき場所をおすすめされました。明るく青い空の下で、青い花畑が広がっているのを見ました。それはとても美しいネモフィラの花畑です!グーグルで探してみたところ、それは茨城県ひたちなか市日立海浜公園のようです。花は4月中旬から5月上旬に咲きます。本当に見てみたいです^^ 結局4月ではなく、また日本に来ることが出来たのは10月になりました。でも秋も春も大好きです。:)これらの2つの季節は私にとって最も「カワイイ」です。秋は春のような花の季節ではありませんが、なんとかこの季節に咲く花を見つけ出しました。日立海浜公園では赤いコキアと色とりどりのコスモスの花が見られました。幸いなことに、私は東京に花が大好きな友人がいます。都合が良いことです。赤いコキアのピークは10月中旬で、1週間だけ咲きます。最近は気候変動により、タイミングが少しずれる場合もあります。なので、行く前はひたちなかの公式サイトから情報をアップデートするようにしてください。 東京の北にある​​茨城県ひたちなかへは2時間30分かかりました。早朝につくように我々は出発しました!残念ながら、天気はかなり曇っていました。 ^^ ’休日と晴れた日のタイミングが合うというのはなかなか貴重なものです。偶然にも、平日は学校のせいで行けないのに、晴れていました。それでも、コキアとコスモスは十分美しかったです。 ^^ 赤いコキアの花畑 コキアとコスモスの花畑 太平洋を望む、コキアとコスモスの花畑 コスモス 私たちが来たとき、特にアジアからの観光客がたくさんいました。だから、写真を撮りたいのなら順番を待たなければなりません。大自然に挑戦するのが好きな西洋人と比較して、アジア人は美しくロマンチックな場所が好きなのが特徴だと思います。みんなが通り過ぎるのを待って、ようやく写真を撮れました。^^なんと美しい…もちろん花のことね!ハハハ。夫と一緒にまたここに来て、青いネモフィラが一面に広がっているのを見たいです。^^福岡県博多で一緒にネモフィラと桜が咲いているのも見てみたいです。うまくいけば<3 次 : 東京旅行 (1) 前 : 木漏れ日

木漏れ日

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最近、時間があるときにまた日本語を勉強しています。私にとって日本語を学ぶのは楽しくて仕方がないことです。日本語の音は面白く聞こえます。日本は私の心の中で特別な地位を占めています。 ^^子供の頃、日本のアニメやマンガを見て育ちました。そのため、2009年(高校生のころ)に日本へのAFS留学生に無事選ばれたと発表されたときはとても嬉しく思いました。海外に行くのはカードキャプターさくらの国に行くのが初めてでした。夢がかなった。 : ‘) 最近、私は好きな日本語の単語を見つけました。木漏れ日、その言葉は木々を透き通った陽の明かりを意味します。私は木の下で空を見るのが好きです。木漏れ日が差し込むと、本当に美しく感じるものです。この現象は筆舌しがたいほど美しいものです。: ‘) そして…日本人はこの並外れた美しさ、木漏れ日を表現する単語を持っていることがわかりました。 ここで様々な場所で私がとった木漏れ日の写真をご覧ください。 秋 冬 春 夏 次 : ひたち海浜公園 前 : Gojek

Gojek

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2017年8月10日 日本や日本語は何かにつけて私をワクワクさせてくれます。 今日の午後、サミットタワーの前で、面白い一幕がありました。きちんとしたスーツを着た日本人男性がGojekから降りて財布を開き、50,000ルピアを取り出してGojekの運転手に渡し、お辞儀して握手した後、急いで驚いたGojekの運転手と別れていった。運転手は実際より多くのお金を受とったため幸せそうでした。ゴジェクバイクを使ってジャカルタの交通渋滞を回避できるので、その日本人男性も運転手に本当に感謝しているようでした。 本当に魅力的な一幕でした。貴重な教訓を得ると同時に、日本人がとても親切で思いやりがあることを思い出しました。おもてなしの大会があれば、日本人が勝者になると思います。 初めて桜の国ニッポンに来たとき、お姫様になったかのように感じました。日本航空の客室乗務員の方や、日本のレストランやショップの店員さんまで私をそのように扱ってくれたからです。多くの高級店はよく客の見かけによって客を差別するものですが、日本の店員は違いました。お店で買わなくても、来た客に感謝の気持ちを伝えてくれました。まるでお店に行くこと(たとえ購入に至らなくても)自体を祝福しているようでした。何も買わなかったらどういうわけか罪悪感を感じてしまいます。いくつかの国を訪ましたが、日本と比べるとほとんどどの国も日本のおもてなしにはかないません。多くの国は正しくおもてなしの心を示すことが出来ていません。サービス業で繁栄するこの国には、おもてなしが欠かせないということなのでしょう。 熱心なGojekユーザーとして、Gojekドライバーの中には、非常にフレンドリーな人から、やや失礼な人までいると感じています。フレンドリーなサービスによって快適に利用できるなら、彼らにアドバイスを与えてもよいかもしれません。ドライバーの皆さん、サービス業界で働くなら真心を込めた最高のサービスを提供してください。それが収益を向上させる秘訣でもあるのだから。 さあ、日本のような、いや日本以上のおもてなしの心をこのインドネシアにも育てよう! 🙂 次 : 木漏れ日 前 : さようなら日本

さようなら日本

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2009年12月17日 眠りから目を覚ましたくないと思った。私はもっ​​とここに長くいたいと思いました…夢が叶ったと感じました…ここでは、人種、宗教、国関係なくすぐに良い友達を作ることができました。皆が団結し、苦楽を共にしました。 マロウドナリタインターナショナルホテルからインドネシアへの出発は午前8時20分でした。最初に出発したのは7時のフィリピン行き、続いて7時15分のインド行き、7時45分のマレーシア行き、8時のタイ行きでした。オーストラリアは08.30、ニュージーランドは08:45です。タイとマレーシアからの学生と一番仲が良かったので、彼らと別れるのはとてもつらかったです。ただ涙が止まらなかったです…昨日の夜からずっと泣いていたのに?とはいえ私はソーシャルメディアを介して連絡を取り合うことがまだできました。 空港にいたとき、ももさんや他のツアーガイドに会いました。すぐにももさんを抱きしめたところ、ももさんは日本に戻らなければならないと言った。後で彼女は私のガイドになります。わぁ…ママさん。 T.T 搭乗が始まり、機内持ち物の確認がありました。私は100ml以上の液体石鹸を所持していたのでまた搭乗前に廃棄しなければいけませんでした。キャビンに持ち込むためのバッグではなく、荷物の方に入れるのを忘れていました。フ〜 最後にしばらく待った後、飛行機は動き始めました。ジャカルタを出発したとき、JAL 726便に乗っていましたが、今回はJAL 725便でした。飛行機は11:10に離陸しました。 ふ〜眠気が起きなかったので液晶画面を見つめると、飛行機はもう遠く日本を離れていました。インドネシアに戻った後も、ウィスマハンダヤニでオリエンテーションに2日間参加しないといけませんでした。将来のプログラムがより良いものになるように、フィードバックが必要だったからです。 日本を一言で表すなら・・・「最高!」今日の火はさよなら 、また会うまで. 日本になるべく早く帰ってきたいです。 次 : Gojek 前 : 東京でのセミナー

東京でのセミナー

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2009年12月16日 日本にいる間、起きてすぐいつもしていたことのなかに、ホテルのカーテンを開けて外の景色を見回すことがありました。整っていて非常に美しい街並みの上を、多くの鳥が飛んでいました。しかし、うかうか景色を眺めているわけにもいきません。すぐに片付けをしなければなりません。この日私は東京でゼミに参加するので、朝食をたくさん食べておかなければなりませんでしたから。^^ 私たちはまさしく東京にいました!というのも今回の旅は東京駅で乗り継ぎ、バスで旅していたからです。東京大学へのスタディツアー、渋谷を散歩、忠犬ハチ公像の前で写真を撮るなどまだやりたいことは沢山ありましたが、ムシが良すぎですね。静かな町より、私は東京のような喧騒ある都市が好きです。文化都市としては、京都が最高ですがね! 朝食後、バスに乗りました。昨日のように各国の生徒がまじりあうのではなく、母国の同胞たちと初日ぶりに再会します。いつものように、INAバス2に乗りました。ツアーガイドは以前と同じゆかりさんです。 AFSのボランティアは美雪さんや須田荘さんではなく、麻理子さんとマルちゃんでした。マルちゃんは、ボランティアとして参加しているドイツ人です。 ハフ〜日本で残された時間はあと1日になっていました。今日はまとめのゼミがあります。各国から男女の学生を代表として派遣しスピーチをさせなければなりませんでした。旅行中、私はジャカルタにありそうな多くの高層ビルを見ましたが、日本では伝統的な寺院や公園が高層ビルと並んで空間の中に共存している点がインドネシアとは違いました。そのため、景色がより一層美しく見えました。特に時期が冬のはじめだったので、道路沿いに美しいイチョウの木を見ることができました。しかし、最初に来た時と比べると、葉が落ちた木がすでにたくさんありました。すでに雪が降っている場所もあったようです。鳥取に居た時、おかあさんは日本をたった直後、12月17日に雪が降るだろうと言っていました。、11月から雪が降っていた北海道でホームステイをしていれば、雪を見ることができていたはずです。 やっとつきました.. ^^やっとセミナー会場に到着しました。いつものように、手をアルコール消毒しました。食事の前に、計一日4〜5回手にスプレーをかけていました。運営委員会はバクテリアやウイルスについてかなり注意を払っていました。豚インフルエンザのパンデミックがあったからです。 まとめのゼミは、各国からの代表者がスピーチをして終わりました。私たちが最後のゼミから戻るとはすでに夜遅くになっていました。その日は最終日だったのでバスの中にいた生徒たちは本当に東京を観光したいと思っていました。明日の朝には私たちは日本をたたなければならなかったからです。 私たちの願いが叶い、バスは東京を一周してくれました。東京の夜景は本当にきれいでした。途中、ゆかりさんから日本で一番好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞かれました。私を含め多くの生徒は、最もおいしい食べ物はお好み焼きだと答えました。うどん、天ぷら、サーモンのフライ、魚介類、たこ焼き、たい焼き、どら焼き、餅などもみんな大好きです。ハハ。私が嫌いだった食べ物は、わさび、魚の卵、そしてねばねばした納豆です。おかあさんに私にそれを食べてみるよう勧められましたが、ウエッもう十分です・・・。インドネシアのテンペは納豆よりもはるかに美味しいですよ。年配の日本人は健康を考えて納豆を食べるのが大好きなようです・・・。 私たちがお好み焼きを食べたいといったのに、食べさせることが出来なかったのでゆかりさんは申し訳なさそうにしていました。ホテルで夕食をとると決まっていたからです。突如私たちのバスはすでに渋谷のショッピングセンターの上に出ました。私は立ちあがって景色を見下ろすことができました。うわー、本当にクール!あちこちで光が眩いていました。渋谷の近くにはインドネシア大使館とSRITがある目黒があります。わあ…本当に行ってみたかった!突然、私は物語を想像しました。 東京のある夜、12月末、突然雪がやさしく降って、女性が一人で東京を歩き回っていました。彼女はベージュのウールコート、薄茶色のニットマフラー、クリームグローブ、イヤーマフ、茶色の革のアンクルブーツ、縞模様の茶色のスカート、乳白色の白い亀のセーター、柔らかい茶色のベールを着ていました。イヤホンをつけた彼女はユイの歌「冬の熱い音楽」を聞いた。手袋をはめていても、彼女の手はまだ凍えていました。少しでも手が暖かくなるように、手をコートに深く押し込んでいました。美しい冬の景色を楽しみながら、彼女はゆっくりと歩きました。東京のシンボルのまわりを歩いていたようです。東京タワーに決まっていますね。彼女が東京タワーの頂上につくと、どこにいてもカップルがいました。年配のカップルでさえも見つけました。彼女は彼らを見て微笑みました。彼女は、こういう場所には少なくともパートナーと一緒に訪れる方がもっと楽しいだろうと思いました。 突然、彼女はあの人のことを思い出しました。彼のために、彼女はわざわざ東京までやってきたのです。 「ただ、夢を追いかけていたいのに、あの人のことを考えたくありません。私を決して見ようとしない人。彼は私の思いに気づかないからです。とにかく、インドネシアにいる友達からなんで急に東京に引っ越すのかと尋ねられたとき、彼女はこう答えていました。幸運なことに、彼女は昔から彼女の憧れであった名門大学の東京大学から奨学金を得ていました。幼い頃からそんなことを考えてから長い時間が経っていました。そのような気持ちは心に留めておく必要があります。そしてその瞬間がやってきました。 Lauh Mahfuzという名の人が登場したからです。待って…彼女にとってその瞬間は最高でした。東京タワーの最上部で、彼女は夜の東京の景色を見ることができました。彼女は結露したガラスに何かを書き残していました。「神様私の願いをかなえてくれてありがとうございました。」その後、彼女はアパートに戻ることにしました。早朝に東京大学の駒場キャンパスでゼミを控えていたので、彼女は早く寝なければなりませんでした。薬学部では、「日本の製薬サービス」というトピックでゼミが行われていました。たい焼きを売っているお店の前でいい香りを嗅いだので、財布をチェックして、たい焼きを2つ買おうとしました。黒いコートと灰色のタートルネックのセーターを着た男性が近づいてきました。彼は….. フフ、それは東京のラブストーリーに関する私の想像のほんの一部です。突然、友人が「東京タワー!」と叫んだ。どこ?ああ、確かに!しかし、私たちはバスに乗っていたので、遠目に窓からでしか見ることができませんでした。いつかここに戻って、東京大学で勉強するという夢を追いかけようと決意しました。 ^^アーミイン。 ゆかりさんは東京タワーを見る私たちの顔がみるみる明るくなっていくのを見て、日本で一番好きな場所について話をふってきました。ほぼ9時だったので、空腹から気をそらそうという思いがあったんだと思います。夕食を摂るホテルに到着していませんでした。うーん…私が一番好きな場所は、東京の夜景と紅葉の時期を迎えた京都です。私を驚かせたのは広島市にあったごみ焼却場です。友達の何人かは、彼らのお気に入りの場所は日本のトイレだと言っていました!ハハハ、実は私も。日本のトイレはすごいです。 Hufft〜まだやり残したことがたくさんありましたが、明日になったら家に帰らなければなりませんでした。正直に言うと、日本に飽き足りていなかったので、家に帰りたくありませんでした。ホテルに着いて黒板に書いてある通知を読むと、不意に泣き出したくなりました。 明日の朝までずっと起きていたかったです。できるだけ早く日本に帰ってきます! バスで旅行していた間、よく流れていた音楽を思い出しました。「僕が一番欲しかったもの」(槇原敬之)です。 次 : さようなら日本 前 : 横浜ツアー

横浜ツアー

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200年12月15日 1日プリンスホテル横浜に滞在した後、そのホテルは以前のホテルよりも小さいホテルでしたが、とても快適で豪華でした。さてホテルから出て横浜周辺のツアーをすることになりました。 ^^それでは、CMバス10に戻って生徒たちと混じります。CM10の生徒たち、ハミさん、モモさん、アサギさんと再会できてとてもうれしかったです。 そしてピコさん。ピコさんは大島さんの後任です。大島さんは大学に戻ったので、参加できませんでした。 最初の旅行先は山下公園という、海に近いとても美しい公園でした。たくさんの鳥がいましたが、奴らはいたるところにフンをしようとするので、注意しなければなりませんでした。 >.< 友達の一人がフンをお見舞いされました。彼女(イスラム教徒)はフンのせいで祈ることができないことを恐れていました。 ^^ ‘有名な横浜タワーも山下公園にあります。 また、山下公園で有名なのは、港を取り囲む美しい船です。氷川丸など有名な船があります。 ハミさんは日本には2つの有名なデートスポットがあると教えてくれました。東京ディズニーランドと夜の横浜です。 途中、旅行ガイドのパンフレットを手に取りました。パンフレットに夜景の写真が掲載されていました。本当にすてき!Hwaaa…見たかった!でもこの日は夜を待たずに横浜を出て千葉に戻りました。公園の周りには、アイスクリームの自動販売機がありました。本当に買いたかったのに、ポケットにはわずかなお金だけ。私は自動販売機の前にじっと立つほかありませんでした。すると私の友人は私にアイスクリームをおごってくれました!!オレンジアイスクリームでした!うーん。友達の緑茶アイスクリームも美味しかった。日本のアイスクリームはとても美味しかったです。 :9 山下公園を訪れた後、中華街で昼食をとりました。ハミさんが「最大のチャイナタウンはどこですか」と聞くと生徒たちはふざけて「中国にあります」と答えました!みんな笑ってた(笑)。ハミさんによると、世界最大の中華街は米国サンフランシスコにあります。そして二番目に大きいのはここ横浜です。横浜自体東京に次ぐ人口密度の高い県で産業の中心地です。私たちが中華料理店に入ったとき、ハミさんがここの料理には豚肉が入ってないと教えてくれたので、食事を楽しむことができました。はい、いただきます!! ^^ 食べ物はとても美味しかったです。突然、ある国の生徒たちが驚いた。彼らは食べ物にアルコールの香りを感じ取りました。ウェイターに尋ねると、本当に酒が入っていることが判明しました。ウェイターはアルコールは入ってはいるが少量であり、すべての食べ物にワインが混ざっていると伝えました。たとえほんのわずかでも、食べ物にアルコール飲料が加えられている場合、イスラム教徒はその食べ物を食べることを禁じられています。結局、その食べ物はパンに換えられました。インドの生徒は私たちが食べるのを待ってくれました。ヒンズー教徒も牛肉を食べることができなかったからです。事件について知ると、ツアーガイドは謝罪した。 中華街から、三菱みなとみらい産業博物館に行きました。ここはかなり記憶に残っています!たくさんのロボット、乗り物のレプリカ、宇宙船、船などがありました。「はなまる」と呼ばれる有名なロボットがありました。 kawaii(かわいい)とkakoi(クール)の2つの単語しか理解できませんでしたが。私たちがそれらの言葉の一つを言うと、彼が動く仕組みです。とてもかわいい。^^ 三菱みなとみらい産業博物館から、東京湾アクアライン(海ほたる)に向かいました。道中、水中ト​​ンネルを通過します!とてもクール!!トンネルのある普通の道が、海の中にありました。うわー、再び日本で素晴らしい場所を見つけました。その場所、海ほたるは人工島です。そこから、海の近くや海に立つ多くの工場を見ることができました。 海ほたるを後にして、再び千葉に戻りました。マロウド成田インターナショナルホテルに戻ります。東京湾と呼ばれていますが、実際にはまだ神奈川県にいました。東京、千葉、横浜は隣り合っています。東京ディズニーランドも同じように、東京にあると思われがちですが、実際には東京ではなく千葉にあります。 この日はバスCM 10のメンバーとお別れの日でした。翌日、私たちは同じ国からの学生と再会するからです。とても悲しいことでした。CM10のメンバーと一緒に多くの興味深い経験をしました。さまざまな人種、宗教、民族の人々がともにありました。 : ’) 旅行中、全員が日本についての印象を聞かれました。突然、ももさんが泣きました。ハミさんに関しては何度か泣いているのを見たことがあります。でも、普段元気なももさんはなぜ泣いているんだろう?私とCM 10の他の生徒たちも泣きました。T.Tももさんは日本・特に鳥取での滞在中、私をたくさん助けてくれました。私が出会ったすべての日本人はとても親切でした。彼らは私がお願いする前からためらわずに助けてくれました。日本人はそれを「おもてなし」と呼び、ゲストのニーズに注意を払い、最高のサービスを提供することを旨としています。日本はイスラームの教えの一つを守っていると思います。それはゲストを迎えることです。 ホテル、レストラン、観光名所で、私たちはお客様として本当にいたせりつくせりで歓迎してくれました。私は欲しいがままにすべてをお世話されている王女様になったかのように感じました。ホームステイ中お父さん(ホストファーザー)が、私が泊まったホテルはみな高級ホテルですと教えてくれました。 ホテルに着くと、私たちはツアーガイドAFSボランティアからの手紙が入った封筒を受け取りました。その日は日本に初めて来た日と同じように、マロウド成田国際ホテルに泊まりました。じきに私たちはそれぞれの母国に帰ります。明日は閉会式になります。私は目を閉じたくありませんでした、ここではすべてが素晴らしすぎたからです。 次 : 東京でのセミナー 前 : 青山剛昌美術館

青山剛昌美術館

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2009年12月14日 この日はホームステイの最終日でした。私はホームステイ中に多くの貴重なことを学びました。日本人は本当にルールを尊重します。彼らは交通標識に従い、すぐに列を作り、横入りをしませんでした。彼らはとても誠実です。彼らにとって間違いを犯すのは本当に恥ずかしことのようです。インドネシア人がこうした日本人による好例に従うことができることを願っています。 顔を洗って朝食をとった後、部屋に戻って片付けをしました。突然、お母さんに呼ばれました。どうやら、お父さんは仕事のために早朝に出勤しなければならなかったようです。彼は言葉少なく、ただ笑顔でありがとうと言いました。彼の顔を見ると、彼を第二の父親のように感じました。 ^^私は日本人のようにお辞儀で応えました。私は彼から学んだ多くのことを、私の人生に活かすことになるでしょう。彼は多くのこと、特に漢字について教えてくれました!インドネシアに帰ったら漢字を習うと約束しました。漢字はパスワードのようで本当に面白かったです。私の持ち物を下に持っていったとき(私の部屋は2階だった)、自分の持ち物が多すぎて私は本当に困っていました。百円ショップのおかげで、私の持ち物が重くなっていきました。^^ ’日本にはたくさんのかわいいアイテムがあり、日本に来たのは初めてだったので買い過ぎてしまいました。日本は私の子供の頃からの夢でした!そして今回ようやく夢が叶いました。 私は3つのバッグとスーツケースを運びながら、公共交通機関で移動していたのでたくさん歩かなければなりませんでした。横浜にいたころは、大きなサイズのバッグを一つ持ち運んでいただけでした。そこでお母さんはすぐに使えそうなバッグを探してくれました。最初は纏めることができなかったアイテムは、お母さんの魔法の手でバッグに入れられました。お母さんは物を梱包するのがとても上手でした。ジャーと私はお母さんの腕前に驚いていました。お母さん私たちが驚いてるのを見てすぐに笑っていました。お母さんによると、夫と遠くへ旅行に行くとき夫のためにモノを詰めてあげていたので手慣れてしまったそうです。クローゼットの中には、たくさんのバッグがありました。お母さんからその中の2つをもらいました。私が使っていた以前のバッグは、紙とプラスチックでできていたので、すぐ破れてしまいました。これは、私はお土産用におかしなものを買いまくったからでした!ハハ..まあ、海外に行くのは初めてだったし、憧れの日本に来ていたのでね!インドネシアにはない面白いユニークなアイテムを見たら、思わず買いたくなりました。大きな旅行用バッグを1つだけ持ってきていたジャーとは大違いですね。ジャーは持ち物には無神経だったので。突然、オカサンさんがお土産として何かの包みをくれました。おかあさんありがとうございます! : “)さて、中身は何だろう、私は本当に興味がありました。 その後、ジャーと私は鳥取駅に10時15分に連れていってもらいました。鳥取支部の参加者は皆すでにそこにいました。私たちのガイドは桃さんです。突然、アイコさんという名前のボランティア姉妹がやってきました。日系アメリカ人の方です。電車を待っている間、私はあまり口数が多くありませんでした。私はただ微笑み、友達の写真を撮り、お互いにコミュニケーションを取り続けようと促していました。待ちことが多くなったとき、ふと鳥取のツアーマップを見ました。青山五正博物館のパンフレットを見ました。パンフレットには青山五正博物館の展示の一部が記載されていました。うわー、それはやっぱりアガサ博士の車でした! 写真ソース: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gosho_Aoyama_Manga_Factory.jpg ネクタイ型変声機、スケートボードなど、コナンの装備はすべてアガサ博士によって作られました。砂で作られた名探偵コナンのキャラクターのミニチュアもありました。もちろん、鳥取は砂丘で有名です! ふと私が探偵コナンが好きだと言ったとき、八頭高校の生徒が言ったことを思い出しました。彼らは「コナンなら博物館にいるよ」と言った。最初は、言葉の壁のせいで彼らが何を意味するのか分かりませんでした。パンフレットを見た今なら、なるほど。。。彼らが何をいいたかったのか理解しています!ワアア、私は本当にそこに行きたい!!!!あのとき学生が何を言っているのか理解できていたら、お母さんから休日にどこか行きたい場所を聞かれたとき、私は博物館に行きたいと言うでしょう。まぁ。。。これはまた鳥取に帰ってきなさいという思し召し、そう考えることにしましょう。うう、家に帰りたくない、私はまだここにいたいのに。日本についてまだたくさん知りたいことがありました。 鳥取駅から電車に乗り、姫路駅で新幹線に乗り換えて横浜へ向かいました。途中、田んぼや川をたくさん見ました。すべてがきちんと秩序だっていて、きれいでした。また、川の水はとても澄んでいました。川で遊びたい思わせるような透き通った水。 新幹線に乗っていたとき、電車の係員が通りかかりました。様々な食べ物や飲み物を買うことが出来ます。アイスクリームもありました。目の前に座った親切なニュージーランドの先生は、アイスクリームを私の分も一緒に買ってくれようとしました。うわー、どうもありがとうございました!しかし、アイスクリームはすでに多くが注文されていたので、残り1つとわかりました。 先生は私にアイスクリームをくれました。私はばつがわるい感じがしました。しかし、私がアイスクリームを返そうとすると、先生はノーと言いました。先生のご厚意です。先生、どうもありがとうございました。先生は私にアイスクリームをおごってくれたばっかりに、自分の分がなくなってしまいました。 Jenesysのプログラムの中で、私は多くの親切な人たちに会いました。私が会った外国人はみんなフレンドリーだった。みんなが私にとって兄弟姉妹のようでした^^景色を夢中で見ていると、桃さんは静岡を通り過ぎると言って富士山を見ていました。うわー、私はとても気になりました!新幹線が通りかかったとき、富士山は雲に覆われていて頂上しか見ることができませんでした。 雲の後ろの富士山 やっと横浜に着きました!桃さんは、横浜は東京に次いで人口が多い都市だと言った。駅からホテルまで歩いて行きました。ホテル名はプリンスホテル横浜。途中で、私はタバコの吸殻を見つけました。しかし、ごみといえば吸い殻だけが道に捨ててあった。気をつけてみておかないと、気が付かないでしょう。日本には喫煙する男性が多いことが分かった。うう〜喫煙者はいたるところにいました。インドネシアも、日本も、多くの人々が煙草を吸います。彼らは空気を汚しているのに、煙草を吸うことで彼らは笑顔を保つことができるというのは奇妙な話です。幸い、日本には喫煙室が多かったので、減煙にはなっていました。インドネシアでも喫煙室をもっと作るように願うばかりです。 プリンスホテル横浜に到着し、ホテルの建物が非常に独特なことに気づきました。1階と2階はデパートで、私は20階の部屋に泊まることが出来ました。自室に入る前に、日本のホストファミリーでホームステイ中に預けていたものを受け取りに10階に行かなければなりませんでした。その途中、インドネシア人学生ファジャールとアンナに会いました。私は彼らの下に駆け寄って懐かしのインドネシア語で話しました。こんなに幸せなことはない、私はホームステイ中にインドネシアの“バハサ”を耳にしていませんでした。どこに行っても聞こえるのは英語と日本語だったからです。 まだ全ての生徒が来ていたわけではないようでした。ルームキーをチェックすると、ジャカルタ支部の学生レイシャと再び同じ部屋で泊まるようにと言われました。部屋にはまだ誰もいませんでした。彼女はまだ到着していないようでした。彼女は2時間後に到着しました。その間、私は他のインドネシア人の学生とおしゃべりをしていました。同胞と出会うのは久しぶりでした(笑)。ホームステイは5日でしたが、インドネシアの学生がいなくて寂しかったです。彼らのホストファミリーについて話を聞いて、何度も笑いました。 夕食後、夜は勉強していました。ホームステイ中に経験したことを何でも書くように言われていたからです。CM10の学生と一緒にレストランで夕食を摂りました。CM10の子供たちは鳥取、松江、出雲、岐阜にホームステイをしていたようです。ホームステイ中に経験した最もユニークな瞬間を書くように言われていました。ホストファミリーに手紙を書きたい人は、ジェネシスの運営委員会が送ってくれます。そこで、私から感謝を込めて日本の「お母さん」と「お父さん」に手紙を書きました。ホストファミリーのおかげで私は多くの得難い学びを得ました。 実は、他のインドネシア人学生と経験したことをシェアするつもりでした。しかし、勉強していると深夜になったので、強い眠気に襲われました。寝るのを後回しには出来ませんでした。この日は本当に楽しかった。明日には横浜観光が待っています。それがもっとエキサイティングになりますように。: D 次 : 横浜ツアー 前 : 鳥取AFS支部閉会

鳥取AFS支部閉会

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2009年12月13日 起きて時計を見ると、6時50分でした。わあ、まだ暗い!冬には夜が昼より長くなります。窓の向こうにはたくさんの露がおりていました…冬は本当に寒かったです!台所は人気がありません。オカアサンや他の人はまだ起きていなかったようです。いつもは、オカアサンだけは私が学校に行く前に朝食を準備するために本当に早く目を覚まし、特に丹精込めてお弁当を作りました。美しいお弁当を作るのは本当に日本人らしいです。 ^^ 顔を洗い、歯を磨いたあと、部屋に戻ってインドネシアの伝統衣装ケバヤに身を包みました。しばらく身だしなみを整えていると、8時10分になりました。居間に向かうと、みな準備ができていました。あらら、何で私以外誰も正装をしていないの?タイの生徒はジーンズとJenesysのパーカーを着ていただけでした。閉会式はフォーマルでなくてはならないはずでは?まあいいや、もう服を変える時間はありませんでした。皆出発する準備が出来ていましたから。インドネシアの正装を紹介する良い機会            だと考えるようにしましょう。お母さんもケバヤを綺麗だとほめてくれました。ありがとう、お母さん^^ 日曜日だったので、お父さんは仕事に行かないようです。お父さんはソファーにもたれながら新聞を読んでいました・・・パジャマ姿で(笑)^^’お父さんは会社の社長だったので、とても忙しかったのです。その日は彼にとって貴重な休日で、リラックスしたかったのでしょう。 みんなで朝ごはんを食べた後、私、タイ人の学生、お母さんで出発しました。以前、お母さんに、インドネシアの海老せんべいやおせんべいを持って来るようにとリマインドされました。竹笛を持参することも忘れませんでした。閉会式で、インドネシアの文化を披露するように求められるかもしれなかったからです。 駅に到着すると、私とタイの学生はスイスの学生のホストファミリーの車に乗り換えました。彼女の名前はビーです。お母さんは事情があって、運転できませんでした。しかし、お母さんは午後から参加しました。車に入ったとき、乗客は私とタイの学生のジャだけではなかったことがわかりました。フィリピンのニーナ、ニュージーランドのブリトニー、オーストラリアのジェイドとティアーンがそこにいました。旅行中、私たちは母国語について楽しい会話をしました。オーストラリア人は、彼らの母国語が英語で国際語なので悲しくなったと言っていました。彼らは、新しいものを学ぶ必要があると考えました。 Beaとは違いました。スイスでは、彼女は、各都市での使用異なる言語として3つの言語(ドイツ語、フランス語、イタリア語)を理解する必要がありました。別のエリアに行きたい場合は、話す言葉を選ぶ必要があります。ああ、神に感謝します。私の英語はまだ下手ですが、私は英語以外の母国語を持っています。 ついに、倉吉市に到着しました。倉吉市は鳥取県の都市の一つです。私が泊まった鳥取市は鳥取県の県庁所在地です。今回は広場に行きました。広場の1階には、さまざまな国から多くのパフォーマンスと伝統料理の屋台がありました。広場は3階建てで、そこにはあまり人がいません。私が部屋に入ったとき、誰もが私をじろじろと見ました。微笑んだ人もいれば、驚いた人もいた。恥ずかしかった。こんなに寒いのに、私は非常に生地の薄い伝統的な衣装を着ました。 ^^ ’しかし、そこの人々が私の服をほめてくれたとき、私は安心しました。 ^^ 数時間後、お母さんが到着しました。彼女は別のホストファミリーと話していました。ホストファミリーは子供たちが退屈していることに気付いたようで、百円ショップに連れて行ってくれました。たのしい!!私が一番好きな日本の場所の一つは、ダイソーのような百円ショップです。ここでかわいいアイテム、食べ物、家庭用品を買い求めることが出来ました。私が店を見て回っていると、今度は日本人からじろじろ見られました。私が着ていた服は彼らにとって一般的ではないことに気づきました。それでも、彼らに衣装を着ている私はかわいいと言ってくれたので幸せでした。 ^^ 買い物が終わった後、ホストファミリーのお母さんがカラオケに行くと言った。ああ、まったく歌えなかった。 ^^ ’ その後、カラオケルームで一緒に写真を撮りました。 突然、あるホストファミリーが、閉会式が開催されたホテルまで歩いて行くと言いだしました。ホテルに入ると、ももさんに会いました!うわー!桃さんが本当に恋しかった!すぐに走って桃さんを抱きしめました。 5日前、私はとても親切なツアーガイドの桃さんと別れました。ホテル内では、一部の学生は伝統衣装に着替え、他の学生はまだカジュアルな衣装を着ていました。うわー、たくさんの食べ物が出されました。食べるのが待ちきれませんでした!すべてが美味しそうでした。 :9 イベントは、ホストファミリーの一人であるAFS鳥取支部会長の歓迎の言葉で始まりました。その後、非常にクールなおじいちゃん(Beaのホストおじいちゃん)が演奏する日本製の楽器、インドの学生Samyakのピアノ演奏、そして…私の場合は楽器を持ってきたので、竹笛を演奏するように頼まれました。私は竹笛を吹くのが苦手だったので、パフォーマンスするのは恥ずかしいと感じていました。ショーの最中に私は申し訳なく頭を下げました。 終わったとき、私は頭を上げました、すべての人々はスタンディングオベーションで私に応えました。え?本当に??夢でしょうか?インドの学生はピアノをとても上手に弾きましたが、拍手しか上がりませんでした。それではなぜ私は短い歌で演奏したのに、短すぎるので2回繰り返したのに、スタンディングオベーションがわきたったのですか??うーん…多分それは伝統的な楽器だったからでしょう。 ^^ ’私は伝統的な楽器を持って来ることがいかに有利かわかりました。演奏した後、私の楽器を試してみたいと多くの人が集まりました。それらの1つは例のおじいちゃんで、彼は本当にそれを試してみたそうでした。私が笛を渡すと、彼はそれをとても上手に演奏しました!彼に負けた!初めてだったのに!とてもいいメロディーをおじいちゃんは演奏しました。まあ、確かに彼はミュージシャンです!ビーは、ホストのおじいちゃんが自分で、ハーモニカ、手作りのフルートさえ作ったと言っていました。スゴイ!! その後、夕食をとりました。夕食時に、ニュージーランドの先生が彼女の学校について発表しました。夕食は確かにとても美味しかったです!終わったら、みんなで一緒に写真を撮りました。私が家に帰ろうとしていたとき、他のホストファミリーが一緒に写真を撮るように頼みました。まあ、私は伝統的な習慣を身に着けていたので、誰もが私に興味津々でした。 家に帰る途中、オカアサンは鳥取の砂漠もどき、非常に有名な砂浜、つまり鳥取砂丘に連れて行ってくれました。砂丘はイルミネーションで綺麗でした。 最初に鳥取に着いたとき、まずここに行きました。多くのライトが設置されていました(冬のイルミネーション期間だったので)。私たちが日中に行ったとき、ももさんは夜この砂丘は本当に美しくカラフルなライトでイルミネーションされていると言っていました。私は砂丘がどんな様子になるか興味がありました。そして今、お母さんがそこに行くように誘ってくれました。桃さんが言った通り、イルミネーションはとてもきれいでした。一緒に写真を撮った後、家に帰りました。 ^^ 家に着くと、お母さんは早く寝るように言った。翌日午前8時に、鳥取を離れ、他の学生と一緒に横浜に行くことになっていました。その夜、私は持ち物をすべてバッグに詰めました。なんとなく私はまだここに長く滞在したい気がした。私は気がすむまでここに長く滞在したかった…私はまだ鳥取についてあまり知りませんでした。 ここで起こったことについて考えをめぐらした後、私は寝ました。おやすみ…今日でさようなら、また逢う日まで..私はできるだけ早く戻ってきます。 > o < 次 : 青山剛昌美術館 前 : … Continued